親や親族が所有している不動産は、将来的に相続することになる可能性が高いものです。しかし、相続はいざ直面すると、様々な問題や悩みが生じることが少なくありません。将来に向けて相続に関して考える中、不動産を相続前に売却しておくのか、相続後に売却するのかは、悩ましい問題の一つです。
この記事では、そんなお悩みをお持ちの方に、相続前と相続後における不動産売却のそれぞれのメリットとデメリットを詳しく比較し、最適なタイミングを見極めるためのポイントを解説します。
相続前と相続後の違い
不動産を相続する場合、どのタイミングで売却するかの判断は悩ましいものです。相続前と相続後での売却のメリット・デメリットを理解し、最適なタイミングを選択することが重要です。
ここでは、相続前に売却する場合と相続後に売却する場合での異なる点について、いくつかご紹介します。
- 相続する対象物の違い
相続前に売却する場合、相続人は現金を相続します。一方、相続後に売却する場合、相続人は不動産そのもの(現物)を相続し、相続手続きを行った後に相続人が売却活動を行います。
- 相続税の納税金額の違い
相続時には相続税を納税する必要がありますが、現金と不動産では、財産としての評価方法が異なるため、納税額に大きな差が生じる可能性があります。
- 利用できる控除制度の違い
不動産売却では、売却益(売却価格から取得費などを差し引いた金額)に対して、譲渡所得税と住民税が課税されます。売却時に利用できる特別控除はいくつかありますが、相続前と相続後では不動産売却時に利用できる控除が異なります。
- 取引者の違い
相続前に不動産を売却する場合は、所有者である被相続人が取引を行います。一方、相続後に売却する場合は、相続人全員が共同で取引を行うことになります。
相続前に売却するケース
被相続人(所有者)が亡くなる前に不動産を売却し、その売却代金を相続財産とすることを指します。この場合は被相続人自身が売却手続きを行います。
具体的なメリット・デメリットをご紹介します。
メリット・デメリット
- 遺産分割がスムーズになる
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不動産は相続人が複数いる場合、分割が困難な財産です。誰が相続するのか、相続人の1人が不動産を取得する代わりに他の相続人に金銭を支払うのかなど、相続人の間でトラブルになりやすいという問題があります。生前に不動産を売却し現金化しておくことで相続人はスムーズに遺産分割を行うことができ、トラブルを回避することができます。
- 空き家対策になる
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空き家は、維持管理に費用がかかるだけでなく、防犯上のリスクも高くなります。相続前に売却することで、空き家問題を解消することができます。
- 所有者の今後の生活費に充てられる
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相続だけでなく、所有者が施設に入居し入居費用が必要になった場合、家族の家に同居し、住む人がいなくなる場合は、自宅を売却することで売却費を生活費などに充てられます。
- 相続税が高くなる可能性がある
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相続前に不動産を売却した場合、売却益が相続財産に算入されます。不動産の評価額は、実際の市場価格よりも低い場合が多いです。現金で相続した場合課税対象額が多くなり、相続税が高くなる可能性があります。
- 相続人となる人の間でトラブルになる可能性がある
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売却価格や売却益の分配方法などをめぐって、相続人間でトラブルになる可能性があります。
- 所有者が認知症の場合、手続きが複雑になる
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不動産の所有者が認知症の場合、本人の意思確認ができずに契約が取り消される場合があります。所有者が認知症の場合は適切な対応が必要となります。親が認知症になった場合の売却方法については別の記事で詳しくご紹介しています。
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利用できる制度
不動産を売却したときに、物件の取得費や売却時の経費を引いても利益(譲渡所得)が出た場合、この利益に対して所得税がかかります。この税金は譲渡所得税といい、給与所得などへの税金とは別に計算されます。
譲渡所得税は以下のよう算出されます。
譲渡所得 = 成約価格 - ( 取得費 + 譲渡費用 )
譲渡所得税には用件を満たした場合に控除できる制度があり、税金を減らすことが可能です。
ここでは相続前に売却する際に利用できる制度についてご紹介します。
マイホームを売ったときの特例
マイホームを売ったときの特例とは、居住用財産※1の譲渡所得から3,000万円を控除できる特例制度です。この3,000万円特別控除を利用することで、譲渡所得にかかる税金を節税することができます。売却益が上限の3,000万円より多い場合に、3,000万円を超えた部分が課税対象となります。
※1マイホームのことで、生活拠点となっている家屋や敷地を指します。
3,000万円控除を受けるためには、客観的に生活に利用していた実績が必要となります。別荘や、短期間しか住んでいない仮住まいは、居住用財産として認められないため、控除の適用対象となりません。この他にも、譲渡相手が親族でないことなど、いくつかの条件を満たす必要があります。
参照:国税庁【マイホームを売ったときの軽減税率の特例
10年以上所有していたマイホームを売却する場合には、「10年超所有軽減税率の特例」という制度を利用して、譲渡所得税を軽減することができます。一般的に、所有期間が長い不動産は売却時の譲渡所得税率が低くなります。所有期間が5年以内の短期譲渡所得が最も税率が高く、5年を超える長期譲渡所得になるほど税率が低くなります。
区分 | 所得税 | 住民税 |
長期譲渡所得 | 15% | 5% |
短期譲渡所得 | 30% | 9% |
一般的な税率は上記のようになっています。所有期間が10年超のマイホームは長期譲渡に分類され、売却益には20%(所得税15%+住民税5%)の税率を適用しますが、軽減税率の場合は譲渡所得に応じて以下の税率が適用されます。
譲渡所得金額 | 所得税 | 住民税 |
6,000万円以下 | 10% | 4% |
6,000万円超 | 15% | 5% |
※令和19年までは復興特別所得税2.1%が別途かかります。
参照:国税庁【相続後に売却するケース
親や親族が亡くなり、不動産を相続し手続きをした後に売却をするケースです。相続人が複数人おり、共有名義で相続した場合は共有名義すべての人で売却手続きを行います。
具体的なメリット・デメリットをご紹介します。
メリット・デメリット
- 相続税を抑えられる可能性がある
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不動産は、実際に売買された価格よりも低い評価額で課税されるため、現金で相続した場合と比べて節税につながる可能性があります。
- 相続人全員の合意が必要
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複数人で相続し、共有名義になった場合共有名義の中で1人でも反対者がいれば、売却することはできません。共有名義の不動産は名義となっている人すべての合意が必要となります。共有名義の不動産売却方法については別の記事で詳しく解説しています。
共有名義の不動産は売れない?―よくあるケースと注意点を解説 夫婦や親子で共有するなど、共有名義で持っている不動産も売却は可能です。しかし、いざ売却したいと思っても、共有者全員の同意が必要だったり、手続きが複雑だったり… - 相続税の納付期限
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相続した不動産を売却して相続税に充てようと考えている場合、この期限内に売却をする必要があります。売り急いで安く売却をしてしまう可能性があります。
利用できる制度
相続後に売却する場合は、まず不動産を相続した際の相続税を支払う必要があります。さらに不動産を譲渡する際には譲渡所得税がかかります。ここような負担を軽減する制度、所有者が住まなくなった家に対を売却した時に利用できる制度があります。
ここでは相続後に売却した場合に利用できる制度をご紹介します。
相続財産を譲渡した場合の取得費の特例
相続によって取得した土地・建物を売却した場合、その譲渡益に譲渡所得税がかかります。しかし、相続によって取得した不動産について相続税を支払った後にさらに譲渡益に税金を払うとなると、負担がかなり大きくなってしまいます。その負担を軽減するために設けられている制度が「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」です。
この特例は相続税を支払って取得した土地・建物などを一定期間内に売却した場合、相続税の一定金額を譲渡資産の取得費に加算することができます。
譲渡所得 = 成約価格 - ( 取得費 + 譲渡費用 )
参照:国税庁【被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例
相続によって取得した被相続人居住用家屋※1又は被相続人居住用家屋※2の敷地等を、平成28年4月1日から令和9年12月31日までの間に売って、一定の要件に当てはまるときは、譲渡所得の金額から最高3,000万円まで控除することができます。
※1相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋で、次の3つの要件全てに当てはまるものをいいます。
- 昭和56年5月31日以前に建築されたこと
- 区分所有建物登記がされている建物でないこと
- 相続の開始の直前において被相続人以外に居住をしていた人がいなかったこと
※2相続の開始の直前において被相続人居住用家屋の敷地の用に供されていた土地またはその土地の上に存する権利をいいます。
参照:国税庁【判断のポイント
これまで、相続前と相続後の売却における違い、それぞれのメリットとデメリットについてご説明してきました。 状況によってどちらが適しているかは異なりますので、迷った場合は以下の2つの視点から検討することをおすすめします。
節税目的であれば相続後がお得
相続後に売却するメリットにてご紹介した通り、不動産そのものを相続するほうが相続税評価額が下がるケースが多いため、相続税が軽減される可能性があります。
相続税の節税目的であれば相続後に売却するのが良いでしょう。
被相続人や相続人の状況に合うタイミング
相続人が複数いて、遺産分割協議で意見が対立する可能性がある場合は、相続前に財産を現金化しておくことで、トラブルを回避できる可能性があります。
また、家族と住むために空き家になる、施設の入居費用に充てたいと考えている方も、売却して現金化し、生活費に充てることができますので相続前に売却し、現金化しておくと良いでしょう。
迷ったら専門家に相談
相続は、ご家族にとって非常にデリケートな問題です。どちらが最適な選択肢なのか迷われる方も少なくないでしょう。最適な選択するためには、ご家族や親族間での話し合いが重要です。そして、何よりも被相続人の意見が最も重要となります。被相続人がどうしたいか、を家族でしっかりと話し合いましょう。
話し合いがまとまらない場合などには専門家に相談することも検討しましょう。ここでは、どのような悩みを抱えた場合に、だれに相談すれば良いのかをご紹介します。
弁護士に相談する
ご家族や親族間での話がまとまらない場合、相続人間で争いが発生している場合、遺産分割協議がうまく進まない場合など、相続に関するあらゆるお悩みにご相談いただけます。誰に相談したら良いかわからない、という場合にも、まずは弁護士にご相談されることをおすすめします。
税理士に相談する
税理士は保有している財産の評価額はどれくらいか、相続税はいくら発生するかの計算をしてくれます。また、相続税申告書の作成から申告書の提出までを代行して手続きしてくれます。税金に関するお悩みをお持ちの方は税理士に一度相談しましょう。
不動産会社に相談する
不動産を売って今後の生活費に充てたいとお考えの方は不動産会社に相談すると物件の査定をしてもらえます。売りたい、とハッキリ決まっていなくても査定を行ってくれる会社はありますので不動産会社に相談をしてみましょう。相続に関するお悩みをお持ちの場合、繋がりのある弁護士や税理士を紹介してくれる場合もあります。
また、「不動産相続の相談窓口」を運営している不動産会社では不動産に関することはもちろん、相続についてのプロがいます。財産目録の作成なども行っていますので状況が整理できていない状態でもまずは相談してみましょう。
まとめ
不動産の相続は、将来的な財産の継承に関わる重要な問題であり、多くの人にとって悩ましい課題です。相続前に不動産を売却するか、相続後に売却するかの選択は、各家庭の状況によって最適なタイミングが異なるため、一概にどちらが良いとは言えません。この記事で紹介したそれぞれのメリット・デメリットを参考に、家族全員で話し合い、最適な選択をすることが大切です。
迷った際は、専門家の助言を受けることをおすすめします。弁護士や税理士、不動産会社など、各分野のプロフェッショナルが適切なアドバイスを提供してくれます。特に複雑な問題を抱えている場合や、相続人間での話し合いが難航している場合には、専門家のサポートを得ることで円滑に解決へと導くことができます。
相続は大切な家族の問題です。将来のトラブルを避けるためにも、今のうちにしっかりと準備をしておくことが重要です。